生きること、死ぬこと、それ以上のなにか・・・

このブログでは、音楽、なかでもクラシック作曲家である「バッハ」を中心に取り上げます。 また演奏家、CDについての批評も行います。 ちなみに私は指揮者のセルジュ・チェリビダッケに深く傾倒しております。

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チェリビダッケ ブルックナー交響曲第4番 音盤整理 Celibidache Bruckner Symphony No.4 in Es-dur

セルジウ・チェリビダッケ指揮

ブルックナー
 交響曲第4番変ホ長調『ロマンティック』 WAB104 ハース版


Bruckner
 Symphony No.4 in Es-dur "Romantische" Edition:Robert Haas


レヴューを行いますが、その事前準備として、
音源を整理させて頂きます。

私が所持しているブルックナーの交響曲第4番の音源は以下の通りです。
全て、ハース版の楽譜に準拠しています。



①ブルックナー交響曲第4番
 レーベル:EMI版
 オーケストラ:ミュンヘン・フィルハーモニー
 録音:1988年
 フォーマット:CD

ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」(ハース版)ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」(ハース版)
(2001/05/16)
チェリビダッケ(セルジュ)

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②ブルックナー交響曲第4番
 レーベル:METEOR
 オーケストラ:ミュンヘン・フィルハーモニー
 録音:1988年
 フォーマット:CD
 Bruckner

③ブルックナー交響曲第4番
 レーベル:"O""O""O"
 オーケストラ:ミュンヘン・フィルハーモニー
 録音:1993年
 フォーマット:CD
Bruckner ooo


④ブルックナー交響曲第4番
 レーベル:Sony BMG
 オーケストラ:ミュンヘン・フィルハーモニー
 録音:1988年
 フォーマット:CD
 Bruckner Sony BMG


⑤ブルックナー交響曲第4番
 レーベル:Grammophon
 オーケストラ:スウェーデン放送交響楽団
 録音:1969年
 フォーマット:CD

Symphonies 3-5 & 7-9 (Coll)Symphonies 3-5 & 7-9 (Coll)
(2004/11/09)
Anton Bruckner、 他

商品詳細を見る


⑥ブルックナー交響曲第4番
 レーベル:EXCLUSIVE
 オーケストラ:シュトゥットガルト放送交響楽団
 録音:????年
 フォーマット:CD
 Bruckner Sym.49

⑦ブルックナー交響曲第4番
 レーベル:AUDIOR
 オーケストラ:ミュンヘン・フィルハーモニー
 録音:????年
 フォーマット:レコード
 Bruckner+Record1_convert_20110313174948.jpg


⑧ブルックナー交響曲第4番
 レーベル:???
 オーケストラ:ミュンヘン・フィルハーモニー
 録音:????年
 フォーマット:DVD



②のMETEOR盤(ミュンヘン・フィル)が、
演奏、音質共に、最も優れています。
(ブルックナーの他に収録されている未完成も凄すぎる!)

次点は、
①のEMI盤(ミュンヘン・フィル)です。

⑥のEXCLUSIVE盤(シュトゥットガルト放送交響楽団)は、
壮年期の完全主義者としての、
チェリビダッケの凄みを感じさせてくれる音源です。
透明な音色にほれぼれします。

また、
⑧のDVD(ミュンヘン・フィル)も、
モノラル音源でありながら、
非常に感動的です。
映像で見ると、
チェリビダッケ、
ミュンヘン・フィルのメンバー達の目が座っていて、
戦慄させられます。


正規ルートでの入手は難しいと思いますが、
Yahooオークション等で入手することが可能です。


この他にも、私が見逃している音源がありましたら、是非、教えて頂ければありがたいです。


ちなみにチェリビダッケが、
その生涯で、この曲をプログラムとして取り上げたのは、
50~60回だと推定されます。


①と②の音源を中心に、
チェリビダッケの、
ブルックナー交響曲第4番変ホ長調『ロマンティック』の
レヴューを行う予定です。
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テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2011/03/13(日) 18:09:50|
  2. セルジュ・チェリビダッケ
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チェリビダッケ批評 11 チャイコフスキー 交響曲第6番 「悲愴」


チャイコフスキー:交響曲第6番/Tchaikovsky;Symphony no.6チャイコフスキー:交響曲第6番/Tchaikovsky;Symphony no.6
(2007/01/01)
チャイコフスキー、 他

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EMIから販売されている、チェリビダッケの演奏をレヴューします。
これは第11回目のレビューになります。

第11回目の曲目は、

"チャイコフスキー 交響曲第6番 『悲愴』 ロ短調作品74"(1992年録音)
原題: Tchaikovsky Symphony No.6 "Pathetique" in h-moll

チャイコフスキー自身の「交響曲第4番」「交響曲第5番」と並び、傑作の一つです。

正直に述べますと、この曲のレヴューを行うのは辛いです。
それは、この音楽が、その内に、
「自己破滅」「絶望」「自暴自棄」といったイデーを内在しているためかもしれません。
ただ聴くのみだけでしたら、そう問題にはならないかもしれません。
しかしこれはレヴュー(断じて感想ではない!)ですので、
作品の本質に可能な限り近づかないといけないという思いが私の中にあります。
よって、この曲のレヴューはきついなぁと思ってしまいます。


以前も記述しましたが、繰り返させて頂きます。
この曲は、チャイコフスキーの交響曲としてだけではなく、ロマン派の交響曲としても、最高のものの一つです。
(あとは、ベートーヴェン、ブルックナー、ドヴォルザーク、(マーラー?保留)位でしょうか。)
(ちなみに、私はブラームスの交響曲は、余り好んで聴きません。)


この曲に関して、チャイコフスキー自身は自身の最高傑作であると確信していたようです。
それを裏付けるエピソードとして、
人間としてのチャイコフスキーは極端なペシミストで、
常に自分の作品がどのように評価されるのか気になって仕方なかったそうです。

また、自身の作分を否定的に、
例えば「チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲」の初演を、
ヴァイオリニストのレオポルド・アウアー(当時の楽壇の権威)に依頼し、
「この曲は演奏不可能」であるとの返答をうけて、非情にショックを受けています。。

この交響曲第6番 『悲愴』の初演での評価は芳しいものではありませんでした。
しかし、チャイコフスキーはこの作品に関してのみは、
「自身の最高傑作」であるとかたく認識していたようです。

初演の9日後にチャイコフスキーはコレラ及び肺水腫で死亡しています。
様々な説がありますが、そのことについては触れません。


悲愴は「急 - 舞 - 舞 - 緩」という4楽章形式で創り上げられています。


―演奏について―

第1楽章
Adagio - Allegro non troppo
序奏付きソナタ形式、ロ短調


交響曲第5番でも述べましたが、
通常、このこの交響曲第6番の第一楽章の冒頭部分は、
悲しみを帯びた音色で奏されます。
しかし、チェリビダッケはの演奏で感じるのは、
「諦念」です。


なにか。。。
すべてを諦めているような。。。
それでも懸命に生きようとしているような。。。


しかし、「暗い」、絶望的なまでに「暗い」音楽です。

序奏部での上行3音形(ミ → ♯ファ → ソ)は、
この曲全体を通して、ある時は逆行形の形で姿を現します。


これはそのまま、第一主題
(ヴィオラとチェロの合奏(両パートの奏者の半分のみで奏する。))に受け継がれます。

チェリビダッケは執拗にこの音形を強調します、
それが、曲全体の統一感をもたらしています。


ここでのチャイコフスキーの管弦楽法の巧みさに圧倒されます。
私はこの曲のスコアを分析しましたが、
実に合理的、かつ有機的にオーケストレーションが為されています。

また、pppppp(ピアニッシッシッシッシモ?)
等の極端な強弱記号を使用するなど、表現意欲にあふれているように感じます。


そしてチェリビダッケとミュンヘン・フィルは、
オーケストラの全ての楽器が有機的な繋がりを持つよう演奏します。


圧巻なのは再現部の最後の辺りです。
全ての楽器がフォルテッシモで鳴り響いているのに、
全てのパートを俯瞰することが出来ます。
私はこの部分を初めて聴いたとき、
全身に稲妻が走ったような経験をしましたことがあります。
そのぐらい衝撃的です。
なんで、トロンボーンがこんなに強奏しているのに、木管の音が聴こえるのでしょうか?

ここは、最もチャイコフスキーとチェリビダッケの天才性が明らかになる個所の一つです。

音楽は徐々に、自然(不自然)?に優しさ(救い)?を取り戻していこうとします。

そして、最後のコーダの美しさ、今にも消えそうな儚さは何なんでしょうか?
救い?
いえ、違います。
このコーダの儚さは、後の楽章で完膚なきまでに、蹂躙されます。


第2楽章
Allegro con grazia
複合三部形式、ニ長調

非常に優雅な音楽です。
が、
4分の5拍子という混合拍子によるワルツなので、どこか不安定です。
(この音楽では踊れませんね。)
中間部の暗さは恐ろしいようです。

チェリビダッケの演奏で感心させられるのが、
アゴーギクが非常に適切に為されているということです。
(特に弦楽器群のセクションに顕著に現れます。)



第3楽章
Allegro molto vivace
スケルツォと行進曲(A-B-A-B)、ト長調


12/8拍子のスケルツォから、
4/4拍子の行進曲が姿を表し、
スケルツォから取って代わります。
この行進曲での高揚は凄まじいものがあります。
ここ部分でのアッチェレランドはなんていう自然さなんでしょう!

終楽章のことを考えると、
とても捻くれた(悲しい)音楽のように感じます。



第4楽章
Finale. Adagio lamentoso
(Andante lamentoso)


当時、緩急楽章を交響曲の結部に配置することは稀でした。
このことからも、チャイコフスキーのこの曲に対する表現意識の強さを推して知ることができます。


主題も、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが主旋律を1音ごとに交互に弾くという異常な形式を用いています。

オーケストラの音色は澄み切っています。
(澄み切っているという言葉だけでは表現したくありませんが、
非情に独特で透明で色彩が豊かで音色が深くて、
この時期のチェリビダッケとミュンヘン・フィルにしか、
達成し得なかった音色です。)



最後、曲は消え入るように終わります。
そして、諦念、無常感を感じさせます



チャイコフスキーの絶望を表現し尽くした演奏ではないのかもしれませんが、
この支離滅裂な交響曲に全体的な一体感を与えることが出来た希有な演奏だと思います。


ちなみにこの曲は1993年の来日コンサートで取り上げられています。
ALTUSさん、音源をリリースして下さい。






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  1. 2011/03/09(水) 03:15:10|
  2. チェリビダッケ批評
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チェリビダッケ批評 08 ブラームス ハイドンの主題による変奏曲

シューマン:交響曲第2番、ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲シューマン:交響曲第2番、ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
(2007/01/01)
ロベルト・シューマン、 他

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EMIから販売されている、チェリビダッケの演奏をレヴューします。
これは第8回目のレビューになります。

第8回目の曲目は、
”ブラームス ハイドンの主題による変奏曲” (1980年録音)

俗に、ハイドン・バリエーションと呼ばれる曲ですね。
私はブラームスの管弦楽曲の中では、最もこの作品が好きです。


ブラームスは交響曲も素晴らしいと思いますが、この曲の魅力には敵わない。
なぜこんなにも魅力的な曲なのでしょうか?


まず一つは、ハイドンの主題が素晴らしいという点だと思います。
そして、ブラームスの変奏の技法が、これでもか、というほど発揮されています。
構成の素晴らしさ、起承転結が非常に明瞭に書かれています。


この曲はの変奏は以下のようになります。

主題Andante 変ロ長調
第1変奏Poco piu animato 変ロ長調
第2変奏Piu vivace 変ロ短調
第3変奏Con moto 変ロ長調
第4変奏Andante con moto 変ロ短調
第5変奏Vivace 変ロ長調
第6変奏Vivace 変ロ長調
第7変奏Grazioso 変ロ長調
第8変奏Presto non troppo 変ロ短調
終曲 Andante 変ロ長調



それでは、演奏について述べます。

チェリビダッケが、
ミュンヘン・フィルの芸術監督に就任したのが、1979年です。
(チェリビダッケが亡くなる1996年まで、そのポストに就いていました。)
この曲の演奏は1980年に行われています。

だからというわけでもないのですが、
まだ地に足が付いていない部分もあります。

しかし、恐ろしく入念なリハーサルが行われたのであろうということは、
この音源から推測できます。

そのおかげで、
チェリビダッケのやりたい音楽

目指している地点は、しっかり伝わってきます。

まず、全体のバランス感覚は見事なものです。
各変奏が移り変わる際に、違和感を感じさせません。

圧巻なのはフィナーレです。
これほど巨大で、荘厳な音の響きは、
なかなか聴けるものではありません。
全てはこのクライマックスのために、
周到に用意されていたのだということが分かります。


しかし、1990年代に、
この曲がチェリビダッケとミュンヘン・フィルによって演奏されていれば、
という感はどうしても否めません。


次回は、ドビュッシー「海 - 管弦楽のための3つの交響的素描」を取り上げます。





テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2010/12/12(日) 10:04:04|
  2. チェリビダッケ批評
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チェリビダッケ批評 07 シューマン交響曲第2番

シューマン:交響曲第2番、ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲シューマン:交響曲第2番、ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
(2007/01/01)
ロベルト・シューマン、 他

商品詳細を見る


EMIから販売されている、チェリビダッケの演奏をレヴューします。
これは第7回目のレビューになります。

第7回目の曲目は、
”シューマン交響曲第2番 ハ長調” (1994年録音)

私はシューマンの交響曲の中では、最もこの作品が好きです。
勿論、交響曲第4番の方が成熟していると思います。
ではなぜ、交響曲第2番に固執するのか?
それは、シューマンがこの曲において、理想に燃えているからです。
(この曲では、シューマンの病的な面は喜薄です。)

また、指揮者:レナード・バーンスタインの、感動的な演奏に接することが出来たのも、
一つの要因になっているかもしれません。
(この曲はバーンスタインのお得意のレパートリーでした。)

この曲は起承転結が明確に提示されています。
そして、それを、ベートーヴェンのような、
執拗なまでの執念で完成させるのではなく、
ごく、自然なかたちで完成させています。
これは、凄いことです!


シューマン自身が精神的にまいっている状況の中で書いた曲とされていますが、
「精神分裂」的要素は少なく感じます。
(良くも悪くも、健康的な作品に感じます。)

それでは、演奏について述べます。

第1楽章
ソステヌート・アッサイ-アレグロ・マ・ノン・トロッポ
(ハ長調。序奏付きのソナタ形式。序奏は6/4拍子。主部は3/4拍子。)


希望と儚さが交錯するような、不思議な序章からこの交響曲は始ります。
(神秘的ではありません。)

満たされない高揚が延々と続く。非常にもどかしい気持ちになります。
フォルテッシモで叫びたいのに、叫べない。
(これは、もしかすると、苦悩なのかもしれません。)

この楽章はクライマックスに辿り着こう、辿り着こうとし、
結局辿り着けずに、次の楽章を迎えます。
コーダの高揚は非常に嘘くさい音楽になっています。


チェリビダッケの演奏で聴くと、
作曲家がなにを考えたのか、その精神過程がありありと表現されます。


第2楽章
スケルツォ アレグロ・ヴィヴァーチェ(ハ長調。2/4拍子。)


この楽章では、執拗に同じ音型が繰り返されます。
しかし、チェリビダッケの演奏の場合、
繰り返し一つ一つで、微妙に表情が変化していることが分かります。


第3楽章
アダージョ・エスプレッシーヴォ(ハ短調。2/4拍子。)


朗々とと、悲しみが歌われます。
しかし、チェリビダッケの演奏の場合、
この悲しみは、本当の悲しみなのか?という疑問を抱かされます。
ひょっとしたら、悲しみのポーズではないのか?と。
周到に計算された、ポーズではないのか?と。
大体、短調のメロディをオーボエに歌わせるということが、
全て計算ずくだということを、表しています。
(ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」~第2楽章にも同様のことが言えます。)


しかし、仮に悲しみのポーズだとして、一体なんの問題があるのでしょうか?
これも一つの非常に有効的な技巧だと、私は判断します。


第4楽章
アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ(ハ長調。2/2拍子。)


非常に、力強い、威厳に満ちた音楽です。
勝利、そのように表現してもいいかもしれません。
クラマックスに向かい、果てしなく広がっていく解放された満足感。
それは、繰り返される上昇音型によって、形作られています。


「なぜ音楽が高揚しているのか?」
「それは上昇音型によってだ。」


音楽の背後にあるものを意識するしないに関わらず、
強制的に聴き手に理解(体感)させる。
それがチェリビダッケの凄いところです。


ここで、第1楽章~第3楽章で表現されていた、不安は完全に払拭されます。
讃歌?輝かしいクライマックスを迎えます。


<全体を通じての感想>
優れた演奏同士を比較すのは、とても難しいことです。
ひょっとしたら、意味のないことなのかもしれません。


しかし、この曲に関しては、
チェリビダッケの見事なまでに調和された世界観
バーンスタインの熱狂・陶酔に身を委ねた感動的な演奏

この2つの演奏を比較します。
先に結論を述べると、どちらが良いということはありません。
好みの問題だと思います。

両者とも、それぞれの表現方法に従い、
世界最高のレベルにまで到達しています。


2人のやり方はまるで異なっています。

かたや、全体がどのように構築されるべきなのか、
各フレーズがどのようなアーティキュレーションでメロディを奏でるか?
どのように各楽章は関連付けられているのか?
など、徹底的に考えぬいた演奏を行った、セルジウ・チェリビダッケ。


かたや、音楽の持つ力をナイーブに信じ、
高揚する箇所では、これ以上ない位の熱狂を表現し、
悲しみに襲われる箇所では、これ以上ないほどに悲痛な音楽を奏でる。
感動をそのまま、愚直なまでに表現する、レナード・バーンスタイン。
(これは、あまりに幼稚な方法かもしれませんが、
結果として素晴らしい成果を残しています。)


シューマンの交響曲第2番は、、
バッハやブルックナーのような、
完全に完成、洗練された音楽ではありません。
つまり、曲としての完成度が完璧というレベルにまで到達していません。
曲の中に矛盾が存在します。


その矛盾を無理やり(理想のために)調和させた、チェリビダッケ。
矛盾は矛盾として、直接、表現(感動のために)した、バーンスタイン。

この曲に限定して述べれば、
バーンスタインの方法の方が優れているように感じます。
私は、純粋に感動を与えてくれるバーンスタインの演奏の方を好みます。


次回は、ブラームスの 「ハイドンの主題に基づく変奏曲」を取り上げます。





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  1. 2010/12/12(日) 06:56:34|
  2. チェリビダッケ批評
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チェリビダッケ批評 04 ハイドン交響曲第92番「オックスフォード」

モーツァルト:交響曲第40番/Mozart/Haydn: Symphoniesモーツァルト:交響曲第40番/Mozart/Haydn: Symphonies
(2007/01/01)
モーツァルト、 他

商品詳細を見る


EMIから販売されている、チェリビダッケの演奏をレヴューします。
これは第4回目のレビューになります。

第4回目の曲目は、
”ハイドン交響曲第92番「オックスフォード」 ト長調 ” (1993年録音)

この交響曲は,それまでのハイドンの作品と比べると,
陰影が強くなってドラマチックになっています。


たとえば,この交響曲では、短調で書かれた楽章は存在しませんが,
第1楽章や第4楽章の展開部,第2楽章の中間部はかなり多くの部分が短調で書かれています。

ハイドン自身は,中期の一時を除いて,交響曲にあまり短調を使用していませんが,
この曲のあたりから,この様な短調の使い方が目立つようになります。
この曲はその先駆けにあたる作品とも言えます。


チェリビダッケがこのような古典派(ハイドン、モーツァルト、初期のベートーヴェン)の
作品の演奏を行う際には、ある種の違和感、距離感があります。

第1楽章
1.Adagio - Allegro spiritoso

なんていう穏やかさ、同時に儚さ持った序奏部分!
これは、本当にハイドンか?

ミュンヘン・フィルの弦楽器のセクション、そして木管群のセクションが、
とんでもない迫力を持って、迫ってきます。
ここの部分を聞く為だけでも、このCDは入手する価値があると思います。
安息と調和に満ちた世界です。


その序奏が終結した後の、
アレグロたらっもう、威厳さ、快活さに満ちていて、素晴らしいの一言に尽きます。

何度でも繰り返して述べますが、
このコントラストの凄さ。
これは、チェリビダッケ以外でしか為し得なかったものだと思います。


第2楽章
2.Adagio

しかし、ミュンヘン・フィルのこの透明な響きは、一体なんなんでしょう?
チューニングに丸1日費やすような、
いうなれば狂気が、この響きを実現したのでしょう。

(チェリビダッケのリハーサルは長いことで有名でした。
 通常の指揮者と比較すると、2~3倍のリハーサル時間を要求していたそうです。
 資本主義とは隔絶したところにいたのですね。)

 カラヤンと好対照です。
(決してカラヤンを批判しているわけではありません。)


第3楽章
3.Menuetto. Allegretto

非常に快活で、元気が出てくるような音楽です。
しかし、チェリビダッケは、感情に流されて、
感傷垂れ流しのような音楽は決して行わない人でした。

第4楽章
4. Finale. Presto

快速に音楽は始ります。モーツァルトの交響曲40番の批評でも言及しましたが、
これが81歳の老人の音楽とは信じ難いものがあります。
軽快さを維持しながら、この交響曲は幕を閉じます。

<全体を通じての感想>
やはりハイドンは天才であると痛感させられる、演奏です。

チェリビダッケはゲーテを愛読していました。
つまり、「古典的な美学」に傾倒しているということです。
この録音は、それを痛感させられるものだと思います。


音楽の持つ感情を、一つの形式として組み立てる。
そこで、一つの世界観を提示する。
これがチェリビダッケの音楽観の根底にあるものです。


次回は、シューマン交響曲第3番「ライン」の演奏を取り上げます。




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  1. 2010/12/11(土) 07:05:37|
  2. チェリビダッケ批評
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