生きること、死ぬこと、それ以上のなにか・・・

このブログでは、音楽、なかでもクラシック作曲家である「バッハ」を中心に取り上げます。 また演奏家、CDについての批評も行います。 ちなみに私は指揮者のセルジュ・チェリビダッケに深く傾倒しております。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ムラヴィンスキー「自身の命と信念」

エフゲニー・ムラヴィンスキー「自身の命と信念」
_Evgeny Mravinsky Picture

旧ソ連に、エフゲニー・ムラヴィンスキーという指揮者がいました。
控えめに表現しても、大天才です。
その音楽は、華麗で、余りにも美しく、
そして、貴族的でした。


しかし、一番重要なのは、
彼の「芸術」が命懸けであったという点です。


旧ソ連で音楽活動を行うというのは、
大げさではなく、命懸けでした。
当局は、大衆が喜ぶ曲を作曲家に求め、
演奏家には、士気を鼓舞する演奏が求められました。
(つまり、難解な音楽は歓迎されなかったということです。)

当時、スターリン、旧ソ連の当局に逆らうことは、
強制収容所送り、もしくは、死刑を意味しました。
(実際に何人もの人々が殺されています。
スターリンの政権下の実情は、一般常識で認識されている以上に、
苛烈を極めたものだったようです。)

それでも、この偉大な音楽家は、当局に逆らい続けました。
「芸術」というものを真摯に命がけで、追求したのです。

何度も当局に睨まれながら、
危険な目に何度もあいつつ、
それでも逆らい続けました。


それは、自身の中にある「芸術」に忠実であろうとしたが故です。

自分の「命」と自身の「信念」を秤にかけて、
「信念」を選ぶ人は、限りなく少ないでしょう。

「命あっての物種」、と言うことわざもあります。
しかし、
自身の「命」より、
自身の「信念」を守ることが、
なによりも勝るという「決意」を持つこと。
その「決意」は「命」より重要だと考える(殉じる)、
そういう人物が稀に現れます。


エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
チャイコフスキー交響曲第5番ホ短調作品64より第4楽章 1983年録音


自身の「命」さえ捨てた、「信念」をもつ、音楽。
はっきり言って、ムラヴィンスキーの音楽は、「自身の命」より「自身の信念」を優先しています。
その圧倒的な覚悟。

これはもはや「狂気」というものにまで至っています。彼の音楽は、その「狂気」を孕むが故に、
異常に重い。苦しい位に重い。

この重さは、聴き手に、「どう生きるか」、そういうことを、突き付けます。
ムラヴィンスキーの音楽は、「娯楽」ではありえません。
聴く者の生き方を問うような、「哲学」に近いものがあります。


私がもしこのような状況に置かれたら、 一体、どちらの生き方を選択するのか?
それは、正直、分かりません。社会的に考えれば、「命」を優先するべきでしょう。
しかし、「信念」を貫き通した意思、これは掛け替えもないほど、
貴重で、神聖なものだと、私はそう考えます。



Symphonies 4-6Symphonies 4-6
(1987/01/01)
Pyotr Il'yich Tchaikovsky、 他

商品詳細を見る



FC2ノウハウ
にほんブログ村
スポンサーサイト

テーマ:音楽的ひとりごと - ジャンル:音楽

  1. 2012/01/09(月) 07:26:40|
  2. クラシック音楽について
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

チェリビダッケ批評 21 チャイコフスキー 交響曲第4番 へ短調


Tchaikovsky: Symphony 4 & Nutcracker SuiteTchaikovsky: Symphony 4 & Nutcracker Suite
(2004/10/04)
Tchaikovsky、Sergiu Celibidache 他

商品詳細を見る

EMIから販売されている、チェリビダッケの演奏をレヴューします。
これは21回目のレビューになります。

21回目の曲目は、

"チャイコフスキー 交響曲第4番 へ短調 作品36"(1992年録音)
原題: Tchaikovsky Symphony No.4 in f-moll

チャイコフスキーは6曲の交響曲を残しています。
(マンフレッド交響曲を含めると全7曲)
交響曲第4番という作品はは交響曲第3番と比較して飛躍的な進歩を遂げています。
(一体なにが転機だったのでしょう?)
交響曲第1番、第2番、第3番までの作品も非常にクオリティの高い、
立派な作品なのですが、
他の誰にも書くことが出来ないという意味で、
交響曲第4番、第5番、第6番「悲愴」はクラシック音楽の歴史の中でも、
非常に特別な作品となっています。


交響曲第4番を後の2つの交響曲と比較します。

交響曲第5番は全体的に非常に一体感をもつ作品です。
(動機労作の素晴らしさがそれを与えています)
素晴らしい傑作なのですが、
作品が作曲家の信念の吐露として考えた場合、
この作品はチャイコフスキーの本心から少し離れた作品のようにも感じます。

交響曲第6番「悲愴」は他に比類する作品が無いほど独創的な傑作です。
しかし、余りにもユニークな曲想ゆえに、
ひょっとすると交響曲というプラットから少し逸脱している感も否めません。

とはいえ、第5番、第6番の抱えている問題点?は作品の素晴らしさを決して損なうものではありません。

交響曲第4番という作品の素晴らしさは、
後の2つの交響曲での弱点(?)とされる部分が全く存在しないという点にあるのかもしれません。

第5番は作曲家の信念の吐露という点で、
第6番「悲愴」は全体の形式として交響曲全体を把握した場合、
それぞれ欠点が存在します。
(ただし、かけがえのないほど偉大な作品であることは事実です。)


以前も記述しましたが、繰り返させて頂きます。
この交響曲第4番という作品は、
チャイコフスキーの交響曲としてだけではなく、
ロマン派の交響曲としても、最高のものの一つです。
(あとは、ベートーヴェン、ブルックナー、ドヴォルザーク、マーラーが比類する位です。)


交響曲第4番は非常に悲劇的な作品です。
どこにも開放が無いという、閉塞感。
どうしようもなく抗えない絶対的な絶望の存在。
それを交響曲という厳密な形式に無理なく、いや必然性さえ持って創り上げられています。
そこにはチャイコフスキー自身の美意識に対する徹底的な態度さえ見て取れます。


全体の形式としては、「急 - 緩 - 諧謔(スケルツォ) - 急」という交響曲としては非常にオーソドックスな4楽章形式で創り上げられています。


―演奏について―

第1楽章 Andante sostenuto  Moderato con anima
ヘ短調、序奏付きのソナタ形式


沈黙と咆哮。
相矛盾される二つの動機が葛藤する。
結部は長調で奏されるが、皮肉の表情を隠せない。


第2楽章 Andantino in modo di canzona
変ロ短調、三部形式


オーボエの歌う旋律。
この悲しさ、儚さはなんなんでしょうか?
それがホルンに引き継がれ、朗々と音楽を奏でる。
交響曲第4番の楽章の中で、
最も希望を感じさせてくれる音楽です。


第3楽章 Scherzo: Pizzicato ostinato
ヘ長調 (アレグロ):スケルツォ(三部形式)


弦楽器のピチカート!
これは本当に何十人で演奏されたものなのか?
全てが溶け合い、オーケストラが一つの楽器であることに気付かされる。
そう、本当はこうあるべきものなんだと感じます。


第4楽章 Finale: Allegro con fuoco
ヘ長調 フィナーレ。自由なロンド形式。


第1楽章の冒頭のファンファーレが、
あまりにも痛ましく再帰される。

しかし、痛々しさ、悲しみだけではなく、
人間の尊厳、意志を標榜した音楽であるように聴こえます。




FC2ノウハウ
にほんブログ村
にほんブログ村 クラシックブログへにほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へにほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へにほんブログ村 クラシックブログ 指揮者へブログランキング・にほんブログ村へ

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2011/03/28(月) 04:41:42|
  2. チェリビダッケ批評
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

チェリビダッケ批評 18 ブラームス 交響曲第1番 ハ短調


ブラームス:交響曲第1番、「ドイツ・レクイエム」/Brahms: German Requiem Symphony no.1ブラームス:交響曲第1番、「ドイツ・レクイエム」/Brahms: German Requiem Symphony no.1
(2007/01/01)
ブラームス、 他

商品詳細を見る


EMIから販売されている、チェリビダッケの演奏をレヴューします。
これは第18回目のレビューになります。

第18回目の曲目は、


"ブラームス 交響曲第1番 ハ短調"(1987年録音)
原題: Brahms Symphony No.1 in c-moll


―曲について―
ブラームスは4つの交響曲を残しています。
交響曲としてのクオリティは、
第4番→第3番→第2番→第1番
というように後の交響曲の方が優れているように感じます。

しかし交響曲第1番は、
ハンス・フォン・ビューローに「ベートーヴェンの交響曲第10番」と評されたり、
暗から明への移行が非常にわかり易く構成されているので、演奏頻度は比較的高いです。

非常に厳しく推敲が重ねられ、着想から完成までに21年という歳月を要しています。

世評に反するようですが、私はこの曲を余り評価していません。
それはこの曲が模範的なものを志向するあまり、
曲の展開が、まじめにすぎると考えているからです。
デモーニッシュ(悪魔性)さを欠いているということもあります。
信念の吐露として芸術作品を考えた場合、
この曲ははっきり言って失格です。
オーケストレーションも貧相なものです。

この曲の演奏に関して述べると、
チェリビダッケの演奏は作品に対する共感があまり感じられません。
残念ながら、説得力のある演奏とは言いがたいものがあります。

チェリビダッケのブラームスの交響曲第2番の演奏は非常に刺激に満ちた演奏であることを考えると、
やはりこの曲は出来が良いとは言えません。


―演奏について―

第1楽章 Un poco sostenuto - Allegro
ハ短調、序奏付きのソナタ形式、6/8拍子(9/8拍子)


威厳に満ちた冒頭部と評されることもありますが、
私にはリズムが余りにも愚鈍にすぎるように聴こえます。
曲の展開も必然性を感じさせないものであり、
聴いていて退屈だと感じざるを得ません。


第2楽章 Andante sostenuto
ホ長調、複合三部形式、3/4拍子


とても単調な音楽です。
私にはこの単調さは耐え難いものがあります。


第3楽章 Un poco allegretto e grazioso
変イ長調、複合三部形式、2/4拍子


この楽章に関して言えば、純粋に音楽の美しさを堪能することができます。
弦楽器の澄みきった響きには感嘆させられます。


第4楽章
Adagio - Piu andante -Allegro non troppo, ma con brio -Piu allegro
ハ短調→ハ長調、序奏付きのソナタ形式(ただし展開部を欠く)4/4拍子


非常な問題点を持つ楽章です。
暗から明への移行というのは、
なぜそうなるのかという理由、必然性がなければ、
とても空虚な音楽になります。
この楽章はその典型的なパターンです。


―全体についての所感―
セルジュ・チェリビダッケという演奏家は自身の音楽観に対して非常に忠実な音楽家です。
そのためか、演奏される曲は、その良さや悪さが非常に明確に現れます。
特徴が非常にわかり易く提示されます。
そういう人の演奏ということもあるのでしょうが、
ほかの演奏家では聞き流せるところも、曲を穿り返すあまり、聞き逃せません。
この演奏ではブラームスの交響曲第1番の悪い面がたぶんに強調されているようにも感じます。
そういう意味ではこの曲に対する認識を改めさせてくれる、
非常に示唆に富んだ演奏だということができます。

この曲は随所に光るオーケストラの響きの美しさを堪能すべき曲であり、
曲自体が持つイデーを考えるためのものではありません。

非常に辛辣な批評になってしまいましたが、
これが私の正直な印象です。







FC2ノウハウ

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2011/03/22(火) 20:26:52|
  2. チェリビダッケ批評
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

チェリビダッケ批評 17 ベートーヴェン 交響曲第4番 変ロ長調

チェリビダッケ批評 17 ベートーヴェン 交響曲第4番 変ロ長調
Beethoven Symphonies Nos. 4  5

ベートーヴェン:交響曲第4&5番
(2001/04/18)
チェリビダッケ(セルジュ)

商品詳細を見る


EMIから販売されている、チェリビダッケの演奏をレヴューします。
これは第17回目のレビューになります。

第17回目の曲目は、


"ベートーヴェン 交響曲第4番 変ロ長調"(1995年録音)
原題: Beethoven Symphony No.4 in B-Dur

ベートーヴェンの交響曲の中でも非常に存在感のある、
交響曲第3番「英雄」と交響曲第5番に挟まれた、
比較的目立たない作品です。
シューマンは「2人の北欧神話の巨人(3番と5番のこと)の間にはさまれたギリシアの乙女」
と例えたと伝えられています。

しかし、曲の内容は?
英雄や運命に勝るとも劣らない、
非常に堂々としたものです。

―演奏について―

第1楽章 Adagio 変ロ長調(実質は変ロ短調)4/4拍子
Allegro vivace 変ロ長調 2/2拍子 ソナタ形式


暗い雰囲気の緩やかなテンポの序奏部でこの曲は開始されます。
一般的には主部に入ると、テンポを上げるのですが、
(暗くて遅い序奏部と明るくて快活な主部とのコントラストをつけるため。)
チェリビダッケはこのゆったりしたテンポを維持します。
しかし、音楽は停滞した印象を与えません。
それはなぜか?
音楽の各声部に意味を与え、全て歌いきるためです。

晩年のチェリビダッケは、
物理的な時間軸で測ると、
確かに遅い音楽を演奏しています。

しかし、決して遅い音楽ではないのです。
それは前述した理由によります。

これにより、通常の時間軸を超越した演奏になり、
音楽は神秘的な色合いを強く帯びます。
(ときに神がかっている印象さえ持ちます。)

これは、チェリビダッケ&ミュンヘン・フィルだけが達成しえた独自の境地です。



第2楽章
Adagio 変ホ長調 3/4拍子 ソナタ形式

第一楽章、Allegroでは、
物理的な時間軸で測ると遅い音楽を奏でていますが、
第二楽章、Adagioの演奏時間は極端に遅いというものではありません。
なぜ、このようなテンポ設定になるのか?
この意味を理解しなければ、
チェリビダッケの音楽の本質は決して理解出来ません。
(断定的な言い方で申し訳ありません。
ただ私はそう確信しています。)


第3楽章
Allegro vivace、トリオ(中間部)はUn poco meno Allegro
変ロ長調 3/4拍子 複合三部形式 スケルツォ楽章


この楽章での白眉は、
トリオ(中間部)に入るところです。
穏やかな印象を与える音楽から転調し短調の音楽になります。
この部分の儚さ、幻想性は猛烈に美しいとしか言い様がありません。
なにか、絶対に手の届かないところへ、
懸命に手をのばしているような印象を受けます。


第4楽章
Allegro ma non troppo 変ロ長調 2/4拍子 ソナタ形式


非常に快活な音楽です。
これが齢83歳の音楽でしょうか?

チェリビダッケは音楽全体を見渡し、
曲が終わったときに、全ての意味が明らかになるという驚異的な音楽を目標としていました。
ここで、その理想は達成されています。

普通、ベートーヴェンの交響曲第4番という比較的小規模な音楽で人は感動するでしょうか?
おそらくしないでしょう。
しかし、これだけ凄い演奏を聴かされると、感動させられます、胸をうたれます。

これは、人間の意志の偉大さ、音楽の持つ力、それを十分に思い知らせてくれるような演奏です。







FC2ノウハウ

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2011/03/21(月) 21:35:43|
  2. チェリビダッケ批評
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

チェリビダッケ批評 16 ベートーヴェン 交響曲第6番 『田園』 ヘ長調


ベートーヴェン:交響曲第6番ベートーヴェン:交響曲第6番
(1999/07/07)
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

商品詳細を見る



EMIから販売されている、チェリビダッケの演奏をレヴューします。
これは第16回目のレビューになります。

第16回目の曲目は、


"ベートーヴェン 交響曲第6番 『田園』 ヘ長調"(1993年録音)
原題: Beethoven Symphony No.6 "Pastorale" in F-Dur

ベートーヴェンの交響曲作品中、最も美しい交響曲です。

―演奏について―


第1楽章「田舎に到着したときの晴れやかな気分」
Allegro ma non troppo ヘ長調 2/4拍子 ソナタ形式(提示部反復指定あり)


音楽が開始され、確かに音が鳴り響いているのですが、
異常なまでの静寂さを感じさせます。

完璧にチューニングされた弦楽器群のセクションが音楽を奏でます。
そこに乗り掛かる木管楽器の美しさ(官能的でさえあります)に聞き惚れてしまいます。
この曲がこれほどまでにポリフォニックかつ有機的に書かれていることに、驚かされます。

そして、第一主題から第二主題、そして提示部のクライマックスまでの一連の流れは、
あまりにも自然体で、こうでなければならないという確信に満ちています。

これはチェリビダッケ&ミュンヘン・フィルの演奏でも、
最も最上位に数えられるものではないでしょうか。
この幸福感は他で得られるものではありません。

この交響曲は自然を賛歌したものです。
チェリビダッケ&ミュンヘン・フィルの自然を賛歌しようとする自然な気持ち。

しかし、ここで流れている音楽は、
20世紀の美学に基づく非常に人工的なものです。
人工的だから駄目。
と言っているのではありません。

人工的な理念を突き詰めていった結果、
(作曲家、指揮者、オーケストラ全て人工的なものです。)
ふと、音楽は自然に流れるのです。


第2楽章「小川のほとりの情景」
Andante molto mosso 変ロ長調 12/8拍子 ソナタ形式


とても柔らかな触り心地がする音楽です。
(それは弦楽器の完璧なチューニングに起因しています。)

第2楽章の再現部後半を聴いていて、
私は唐突に、シューベルトの交響曲第9番『グレイト』第2楽章のコーダ、
あの秋の風をうけ、
木の葉が舞い落ちるような憂愁な音楽の情景が重なりました。


第3楽章「農民達の楽しい集い」
Allegro ヘ長調 3/4拍子(トリオ部は2/4拍子) 複合三部形式(スケルツォ)。


うきうきした気分が心地良いです。
そして、次になにか来ることを予感させます。
すでに第3楽章の内に第4楽章の嵐の音楽が存在しているのです。


第4楽章「雷雨、嵐」
Allegro ヘ短調 4/4拍子


透明な嵐が吹き抜けます。
決して暴力的な響きにはなりません。
この嵐は猛威こそ振るいますが、
やがて調和の内に解決されます。


第5楽章「牧人の歌-嵐の後の喜ばしく感謝に満ちた気分」
Allegretto ヘ長調 6/8拍子 ロンドソナタ形式。


この楽章では非常に簡潔に創り上げられています。
同じ主題が何度も何度も繰り返されます。
(第一楽章の主題群に起因した主題です。)

これはまるで、シューベルトの交響曲第9番『グレイト』第1楽章みたい!
単調な繰り返しですが、作曲家、演奏家が必死で旋律を歌い続けようとします。
繰り返すことでしか表現できない領域が芸術の世界にはあります。
この楽章やシューベルト、ブルックナー等がそのような音楽を書きました。


チェリビダッケはこの最終楽章のコーダで、消え入るように、あえて力を抜きます。


最後も本当に、この田園交響曲を語り終えるのが名残惜しいという、
優しく、本当に優しく最後の2つの和音を奏でる。
決して、強調したりしない。
この交響曲への思い入れが伝わる静かな終わり方です。


この演奏で聴くと、交響曲第5番と交響曲第6番が目指す方向性は違うにせよ、
兄弟作であるということに合点がつきます。
『田園』は確かに標題音楽的でもありますが、
動機労作という一点について、交響曲第5番とそっくりなのです。
目立ちませんが、『田園』においても、動機は執拗に使いまわされています。
しかし、そのことを頭ではなく、
実感として理解させてくれる演奏は、非常に稀有です。
(ほとんどの演奏は田園のほのぼのとした雰囲気に浸っているだけのものです。)



ここで、音楽と時間という切り離せない関係にあるものが、融和していく。

チェリビダッケは生前、このように述べていました。
「音楽には始まりも終わりも存在しない。」



私はEMIから出ているチェリビダッケの一連の録音の音質に対し、
やや懐疑的なのですが、ベートーヴェンの田園に対しては素晴らしい音質が確保されています。







FC2ノウハウ

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2011/03/19(土) 06:49:39|
  2. チェリビダッケ批評
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

プロフィール

ヒロチェリ

Author:ヒロチェリ
FC2ブログへようこそ!
クラシック音楽を中心に、色々と書いています。

カテゴリ

クラシック音楽 (52)
チェリビダッケ批評 (25)
セルジュ・チェリビダッケ (12)
J.S.バッハ (4)
ベートーヴェン:交響曲 (0)
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ (0)
ブルックナー:交響曲 (1)
マーラー:交響曲 (3)
クラシック音楽について (4)
Jazz/Progre/Rock等 (14)
Dream Theater (7)
日々の生活 (14)
お気に入りの歌詞 (3)
書籍 (4)
真理 (2)
映画 (4)
アメリカン・ニューシネマ (2)
IT(Information technology) (3)
21世紀の精神異常者 (4)
お薬をどうぞ (2)
Twitter (44)
未分類 (3)
絵画&写真 (0)
Studio album (0)
Sergiu Celibidache (2)
プログレ (0)

最近の記事+コメント

FC2カウンター

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
音楽
794位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
クラシック
53位
アクセスランキングを見る>>

全記事(数)表示

全タイトルを表示

ブロとも一覧


クマでもわかる物理学最新トピックス

〜TOMOHISA SUZUMURA’S CRITICAL SPACE/鈴村智久の批評空間〜

厳選!ダンス動画

【三日坊主日記】改め・・・『考え中』

Ragdollの主題による変奏曲

知好楽@瀬戸田

Violino~クラシックのある生活~

四季歩のつれづれ

カレンダー(月別)

04 ≪│2017/05│≫ 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

月別アーカイブ

最新トラックバック

音楽 ハイドン チェリビダッケ ヘロイン 映画

HDD 外付け ハイドン Haydn Bruckner Tchaikovsky Celibidache ブルックナー チェリビダッケ Record ルーマニア Sergiu ランボー ブレイク 翻訳 ドストエフスキー 堀口大學 小林秀雄 google  アメリカン・ニューシネマ スタンリー・キューブリック サム・ペキンパー シルヴィ・ギエム Sylvie Guillem エベレスト 世界一  チョモランマ Everest ネパール チベット Gould Bach Glenn グールド グレン・グールド バッハ ヱビス 黒ラベル チェコ プレミアム・モルツ エーデルピルス ビール サッポロ ピルスナー・ウルケル ベルティーニ マーラー ギーレン テンシュテット SonicStage オーディオプレイヤー iTune foobar2000 AudioGate ライブラリ 音質 イコライザ AIMP2 Web Browser Opera Iron ブラウザ ウェブブラウザ 仏教 Mahler Schubert シオラン アフォリズム Beethoven 交響曲 ムラヴィンスキー レニングラード・フィルハーモニー チャイコフスキー Dream ドリーム・シアター プログレ Theater ピアノ協奏曲 Blog ブログ ブクレコ Facebook ピアノ・ソナタ ベートーヴェン ミュンヘン・フィル トラックバックテーマ 掲示板 Amazon ムソルグスキー ラヴェル 光の帝国 マグリット Zeppelin レッド・ツェッペリン Led ジミー・ペイジ Radiohead ハルシオン ロヒプノール ベゲタミン パキシル トランキライザー デパス カート・コバーン 睡眠薬 ティモシー・リアリー キリスト 人体実験 ゲーテ 善悪の彼岸 白取春彦 ニーチェの言葉 超訳 道徳の系譜 ニーチェ ツァラストラ バレエ ベジャール シカゴ交響楽団 天才 文化会館 バレンボイム ギエム ボレロ バロウズ ヘロイン Heroin シュルレアリスム 上野 ベルギー アート 絵画 ブーレーズ 現代音楽 フーガ バロック ゲーベル フーガの技法 レオンハルト エマール クラシック音楽 管弦楽曲 EMI オーケストラ ロメオとジュリエット ソナタ形式 くるみ割り人形 Nutcracker 組曲 花のワルツ ニュルンベルクのマイスタージンガー 喜劇 悲劇 指輪 前奏曲 序曲 ワーグナー トリスタンとイゾルテ 白痴 悪霊 未成年 罪と罰 文学 ロシア カラマーゾフの兄弟 楽章 オーケストレーション ハ短調 クラシック ブラームス 地震 被災者 原発 津波 計画停電 東北関東大震災 東日本大震災 東電 福島 東京電力 クラリネット スケルツォ 根本敬 ザ・ワールド・イズ・マイン 新井英樹 田園 ロマン派 キース・ジャレット ヴァント シューベルト リヒテル ベルリオーズ スメタナ マイルス ビバップ エヴァンス ジャズ 大地の歌 ミュンヘン メンデルスゾーン シューマン モーツァルト 時間 偉大 奇跡 カタルシス 永遠 ソナタ バーンスタイン 悲愴 フランス 音楽 芸術 呪われた部分 メタル トッティ 長調 ピアニッシモ フォルテッシモ モダン・オーケストラ ピリオド・オーケストラ アレグロ マイルス・デイビス ピアノ ロック EMI 救済 スピード 覚醒剤 スレイヤー スラッシュ レイン・イン・ブラッド メガデス ヘビー・メタル アンスラックス メタリカ HR/HM フルート München 北ドイツ 真夜中のカーボーイ 

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSリンクの表示

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。