生きること、死ぬこと、それ以上のなにか・・・

このブログでは、音楽、なかでもクラシック作曲家である「バッハ」を中心に取り上げます。 また演奏家、CDについての批評も行います。 ちなみに私は指揮者のセルジュ・チェリビダッケに深く傾倒しております。

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21世紀の精神異常者によるアフォリズム

21世紀の精神異常者によるアフォリズム
「エミール・シオランへ捧ぐオマージュ」



生誕の災厄


アフォリズム 122選


・死ねば楽になるのに

・もう1日だけ生きてみる。すこしでも高く登れるかもしれないから。

・人は学ぶために生きている。より高いところへたどり着けると信じて・・・

・悟りとは、ある人間が「精神的に死んだ」状態のことを指す。

・考えを突き詰めた状態は、なにも考えていない状態とよく似ている。それは、この世の一切が無意味なものだからだ。無意味とは言い過ぎかもしれないが、自分の命は、この世界は、宇宙は、壮大な「無駄」であることに思える。よって、両者は相違した境地といえる。

・救済されることを求めて、生きてきた。しかし、救済とはなんだ?私にはわからない。

・勇気を持ち、行動しなさい。私ののです墓の前で止まらないで下さい。私が死んでも、私のカケラは生き続けているから。

・死は肯定も否定もされない。死と表裏一体をなす生も、同様に、肯定も否定もされない。

・誰もが本当に幸せになる権利を。持ってるんだって、伝えてあげたい。

・つぶされたソラ

・全てが凍りつく、あの感覚。全ての事象が、その内に、永遠という特質を秘めている。
そういう”とき”を追い求め続ける。もう他に生きる理由が見つからないんだ。

・信じていたことが、壊れた時に。私は学んだ、待つことが絶望的に無意味な行為であると。

・この惰性の塊のような日々はいつまで続くんだ?いつかは終わる。そう信じて。終わる?
それはどのようなかたちをとって終わるんだ。私は救済の存在を認めない。信じないのではない。認めないんだ。

・私はニュースで報道されているような犯罪者と、まったくおなじような罪人だ。
いや、自分こそ、人間に対し、だれよりも重い罪があるのだと、認識しないかぎり、苦しみは続いていく・・・

・この世の最後の別れは、人に告げることでも、告げられることでもなく、自分が自分自身に告げる最後の言葉。

・ひぐらしのなく季節が終わり、秋が終わり、冬が終わり、春が終わる。
そしてまたひぐらしのなく季節がはじまる。永遠に・・・(ewig,ewig)

・虐待されて、2才で、死んでしまった子・・・人生の喜び、悲しみを知らないまま。恐怖だけを理解して。
このような現実を目の当たりにして、自分の幸せや救済に思いを馳せることが出来るのか?

・美しさだけでは、芸術は創造され得ない。そこに峻厳たる「厳しさ」、「厳格な精神」があり、それは初めて、芸術になる可能性を持つ。

・ 生きることに対する真摯な苦悩、これは表層しか理解しようとしない人間には、 何年たっても理解は出来ないであろうが、これには。奇麗事をふっとばし、このの世界を全く異質のモノにする力がある。

・ 壁にぶち当たるのはなぜか?それは「前に進んでいるから」から・・・
止まってる人間に壁のほうからやってこない。そう考えると楽になる。
そして超えられない壁だと思い込み、よく見てみると、
その壁は決して『絶対に崩れない壁』ではなかったりする。というか、殆どそう。

・成功は、かならず、精神の内的な均衡喪失をともなう。

・なんで、そんなに急いでるんですか?どこへ、誰のところへ行こうとしてるんですか? どうせ無駄だ、やめとけ、やめとけ。

・そんなに頑張ってなにをしようとしてるんだ? 全部無駄だ。やめとけ、やめとけ。

・自分が、少なくとも永遠の存在ではないと知っているのに、なぜ人間は生きてゆけるのでしょう?

・同一の主題について、同一の出来事について、私は日に10回も、20回も意見を変えることがある。しかもその度に私は、詐欺師のようにあつかましく、≪真実≫と口にする。

・私は自由で在りたい。狂気に見えてしまうほどに自由で在りたい。死産児のように自由で在りたい。これは私の心の底からの願いである。

・真実とは、人間に唯一、開放を与えるためのものである。しかし、その開放はサハラ砂漠の中での開放である。

・失ってしまって、初めて気付いた。何気ない日常が、かげがえのないもの宝物だったと。

・生み出されることにより、私たちは死で失うのと同じだけのものを失った。すなわち、一切を。

・「生まれる」という言葉に端的に表現されているように、人は「受け身」の状態でこの世に誕生する。 つまり、自らの意志で自分の誕生を選択したという人間は、世界に誰一人も存在しない。

・葬式なんて、やめてくれ。人はその死を嘆くべきでなく、その生誕を嘆くべきなのだ。

・生まれてきたという、現実。 憤怒という言葉によってしか表現できない数え切れない仕打ち。 言葉を失う絶望と病の呪詛の連続。 「生誕とは、一つの災厄である」これは最も真実に近しい言葉である。

・わずかな希望、祈り続けて・・・いつかは終わる、そう信じて・・・

・例えば、蝉。 夏の終わりを告げる声。 たった7日間で消えてしまうが、また来年、再来年とずっと続いていく。永遠に。

・もし世界中の人があなたを許さなくても・・・私が赦します。

・日常から非日常への転移、残念ながらその場合、非日常が日常というものに侵食されてしまう。転移、それは、変わること、ただそれだけに計り知れない価値がある。

・私が本当に欲しかったものは、与えられた幸福ではなく、求めて得た不幸である。

・肩肘張らずに生きたい。歌うように、スキップするように♪

・仮に、人類が生き続けるとする、楽観的な見方をしてみよう。1世代、10世代では達成できかったことが、100世代、1000世代の時間の経過と共に、達成できるようになっているだろう。しかし、その先には一体なにがあるんだ?

・自殺ではない全ての死は、その死期を神に任せるということである。 すなわち、崇高な瞬間は神に属している。自殺は神に対して唾を吐きつける唯一の方法である。

・世間に対して、良い子であり続けるために、私は嘘をつく。恐らく、死ぬまで。あるいは、破綻するまで。

・今日、悲しいことがあったとしても、明日はきっといい日だよ。はぁ?あほらし。俺は”未来”よりも”今”、むしろ”過去”の方が重要だと思うね。

・厳然と、”過去”という存在がある。過去がある限り、現在とり得る行動も制限され、未来は明らかに予知可能である。可能性は絶望的に制限される・・・

・私は自分自身の不誠実さに苦悩している。

・異常なだるさ、体中が痒い。涅槃の世界の代償がこれか。

・決定的な破滅とは、いつもなんらかの不満を抱いている人間に対しての救済である。

・「死」は、人生の落伍者にとっての「救い」である。 しかし、「死」は「生」により、意味を反転させる性質を持つ。 人生を楽しみ、謳歌したものにとって、「死」は、なんという残酷な否認・・・ 私にとって「死」とは、救いである・・・

・普段、日常にまぎれて、意識することのない、「ある感覚」を思い起こす。しかし、そこに救いはなかった。 ただ「ある感覚」は自身に覚醒を促す。

・張り詰めていた精神の緊張の糸が切れた。 それは張り詰めていたから、切れたのであり。 最初から緩んでいたら、切れることは決してなかった。

・出会いの数だけ別れは増える、それでも明日に胸は震える「どんなことが起こるんだろう?」 未来は決して暗くないし、悲しくもない。未来は喜びに満ち溢れている。 なにも恐れることはない。

・もっとも孤独な人々へ。あなたは知っているでしょう?人間の孤独の行き着く果て。存在の悲しみが生を、闇の側面へ導いていく。

・「量より質」と言いますが、実は仕事も遊びも「量」をたくさんこなさないと、決して「質」は生まれません。

・ずっと先の未来のことだけど、人類は滅びるだろう。しかし、その最後の記憶が幸せでありますように。

・死んだ椅子。将棋とライオン。時を刻まない時計。ワーグナーと蝶々。トルストイとドストエフスキー。 矛盾する言葉の羅列。言語によるキュビスム。無意味な自慰行為・・・

・誇り高い精神は世間との和解を拒み、絶対的な真理に到達しようと血を流す。 「狂気」という言葉で安易に美化するなよ。こっちは苦しいんだよ!死ぬほど苦しんでるんだよ!

・真摯に内面に生きようとする人間はいつの時代にもいる。彼らは確かな言葉に到達しようと血を流す。「狂気」という言葉で安易に美化してはならない。認識に徹する者であれば誰もが通過する「正気」である。呻きは絶望であっても、背後には灼けるような渇望があり、身を賭した覚悟がある。

・いったいどれだけ天を仰げば、私に青空が見えるんですか?

・「君の未来の可能性は無限だよ」などという戯言は、その言葉を聞くだけで、吐き気がする。

・この方法でだめな理由を教えてください。私を数多くの救いようのない罪で、有罪の判決を下してください。なぜなのか、もしくは、なぜそうでないのか、教えてください。私はなにか致命的なものを見落としているのですか?

・時間の関節がはずれる。

・私はいつも自分自身であるために人生という名の宗教の信者になった。

・俺はただ、自分に対して正直でありたかった。いつも、どこか、ぎりぎりだった。 もう、これ以上嘘はつけない、耐えられない。

・ 腐り、消滅をもたらすものは、それ自身の力により自己を超克し消え去る。その際、意味の反転が起こりうる。

・また、見つけた。何を?永遠を。海と溶け合う太陽を。

・「経験」の力だけでは決してその意味を理解できない、それは「直感」、あるいは「予感」により理解し得る。

・我々は「日常生活」を生きている。そこで得た「体験」は、積み重なり、「経験」となる。そして我々は経験の梯子を登り詰め、初めて偉大な存在(真理)の一端を垣間見る・・・

・決定的な矛盾。解答が存在し得ない問いかけ。永遠に真実には届かないという直感。

・叩き潰せ!ぶち壊せ!破壊しろ!何を?お前の既成概念だよ!

・芸術としての音楽とは、ある一つの世界感を表現(実現、具現化)することです。

・私は、ベートーヴェンの最高傑作は交響曲第一番と二番だと思っていました。 それは、まだ彼がまだ古典派の範疇に留まろうとしているからです。 それ以降の交響曲では、ロマン派への過剰なまでの傾斜があり、形式と実体のずれを意識せざるを得ません。 「英雄」「運命」「田園」「第9」といった傑作群でさえ・・・

・ベートーヴェンの第9交響曲は偉大な問題を提示したが、それ自身により、問題を解決することは出来なかった。 そしてベートーヴェンはその問題を放棄した、それが彼の晩年の作品群・・・

・ベートーヴェン交響曲第9交響曲より第2楽章「スケルツォ」と、キューブリックの「時計仕掛けのオレンジ」。 冗談のような、イエス・キリスト。

・ベートーヴェン交響曲第9交響曲より第4楽章「歓喜の歌」と、タルコフスキーの「ノスタルジア」。
絶望が深いほど、歓喜は輝きを増す、焼身自殺。

・永遠という概念は繰り返すことでしか表現できない。 シューベルトとブルックナーの音楽はそれを腹の底から教えてくれる。

・私はマーラーの交響曲第9番を聴きながら、この世と別離したい。出来ることなら、私の人生もこの曲のようにありたい。

・マーラーの「交響曲第9番」と「大地の歌」はマーラーという作曲家を超えて、 音楽の歴史上に燦然と輝く超絶的な作品だ 。この2つの作品は、「交響曲」、ひいては 「ソナタ形式」、その土台となる「弁証法」の歴史を完全に終わらせた。

・作品は、それが欠点だらけでも、不完全なものだとしても、もうこれ以上、修正することは不可能だということになったとき、完結したとされる。作者は疲れ果て、音符の1つも付け加える気力がない。ある作品の完成度を決定するのは、作品の質ではなく、「疲労」であり、もっといえば「嫌悪感」である。

・Java(オブジェクト指向)の限界を感じたら、COBOLをすればいいじゃない?

・夢をみた。その夢の中なかでは、風が吹いていた。しかし、なんていい風なんだ。木の葉が風で散りそうだった。ああ、自分もあの葉と一緒なんだと思った。

・もう一度、人生をやり直せるとしたら、私はどのような生き方をするだろう?確信を持って断言できることがある、「今と同じ人生を辿る」。私は満足している。もう十分だ。そう、これ以上、望んではいけない。

・そうじゃないか?人生は、納得できないこと、酷い仕打ち、醜いもの、だらけじゃないか?

・強制されて、人間はかろうじてまともなんだよ、 誰だって皆、そういう圧力の中で生きてんだ・・・

・願いと祈りの決定的な差。願いは、自立的な行動を多分に含んでいるのに対し、祈りは、他者へ問題を放棄している。

・成功とか、失敗とか、あほらし・・・ ただ、挑戦することの中にだけ意味がある。

・しなければと思って起床したが、なにをしたら良いのか分からない。

・無気力はなにによって、克服され得るんですか?

・私はいつも、なにかを「逃し」はしまいかと思いながら、怯えながら生きている。 その思考では、あとに残るのは後悔だけだ。

・当たり前の日常が、やがて、唐突に破綻する・・

・忘れるための方法。方法の実行。時間の関節がはずれる。ぼろぼろになった男。いつまで同じことを?

・私の存在は偶然に過ぎない。また、私の行動も偶然に過ぎない。それをなぜそんなに深刻に考えてしまうのか?

・神が本当にいるのなら、私に教えて下さい。少しだけでいい。 本当になんでもない世界の在り方を・・・

・流行から遅れてしまった我々の宇宙

・私は人に、まじめな印象を与えることが多いようです。 えっ、○○さんってタバコ吸わなそうなのに。とか。 本当の私は違うんです。もっと人に、くだけた印象を与える方法が知りたい。

・夢。 それが失われたとき、人は生きていけるのか? 生きていける。 この世の大半の人間が挫折し、夢を諦めているんだから・・・ しかし、その夢が、あまりにも麻薬的で強烈なものだった場合、 失った人間はそれ以降の人生を、何か欠落した状態で生きていく。 欠落した部分はなにかで埋めなければならない。

・現実から目を逸らすな

・しかし、おそらく、それでいいんだ・・・ 無念が、願いを輝かせる。絶望することにより、救済を望む。全てが満ち足りた人生というのが仮にあるとすれば、それは考えること、感じることが出来ない人間のそれだろう。

・生きとし生けるものすべて満ち足りて、誰もが涙を流すことのない世界へ、必ず辿り着いてみせる。そう信じることが、奇跡を起こす力になる。

・この世の全てはつながっている。もし、あなたが欠ければ、なにかがおかしくなるでしょう。

・言葉を失う絶望と病の呪いの連続

・一体、何度繰り返せば、気が済むんだ?一体、何度繰り返せば、辿り着けるんだ?一体、何度繰り返せば、救われるんだ?

・私は聖愚知になりたい。

・なんで、どうでもいいことによって、自分が苦悩する必要があるんだ?そんなことは、考えなければいいじゃないか?そう割り切れれば、どんなに楽に生きることができるだろう?

・意味など、ない。 これは全存在に適用される真理であり、かつ原則でもある。 また、存在が無意味だという意味も 同様に存在しない。 この2つのテーゼは人間が、考えうる限り、矛盾でしかない。 しかし、本当に、「なにもない」

・人間の経験し得るあらゆる状態の中で、ほかの如何なるものをもってしても得られない最高の状態。

・ある人間が十分に幸福であること、それがその人間を存分に憎むことのできる条件。

・一体、どれだけ涙を流せば、泣きやめるんだろう?

・既に終わっている? それとも、まだ続いている? いや、そもそも始まっていないのか?

・付き合えよ、最後の酒だ・・・

・どこかで救えなかった・・・

・感動なんてどこにもない・・・・・

・自分自身の意思と目的。 それは成就するためには、ただ自分との運命に対して、正直でありさえすれば良い。

・もう一度あの頃に戻ろう。今度はきっと大丈夫。

・今日は生きていることが出来た。明日は一体どうだろう?

・現代の最も深刻な病根は、実は「生きる」ことの肯定を強制する暴力=権力⇒理性⇒常識という点に尽きる。 そろそろ、人々はこのことを真摯に受け止めるべき時期がきたのかも知れない。 そう、人は自由に死ぬ権利を持っている。

・私は救いを求めていた、最初はただそれだけだった・・・なのになんでこんなことになっちまったんだ?
もっと高く、より高く、それを求め続けた結果がこのざまだ・・・

・私を除いて、世界中が狂ってしまっている。 そして、本当に狂っているのは私自身だ・・・

・語りえないことについては人は沈黙せねばならない。

・なぜ決め付けるんだ?生きることが無意味だと。

・俺は俺の人生に満足している。でも・・・同じくらい絶望している。

・もう、なにも感じない・・・この息苦しさを除いて・・・

・「さようなら」 この、たった5文字の言葉が、ある世界から、ちがう世界への別離を意味する。絶望的な深遠さをもって・・・

・悩みながら、迷いながら、やっと手に入れた、この自死という神聖な結論なのだから

・茶番はもうお終い、俺は疲れたよ。さようなら。




生誕の災厄生誕の災厄
(1976/02)
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  1. 2012/01/11(水) 06:13:53|
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ベートーヴェン交響曲第6番「田園」(Beethoven Symphonie No.6 "Pastoral") チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー

チェリビダッケ(Sergiu Celibidache
ミュンヘン・フィル
(Munchner Philharmoniker)

1993年ライブ録音
ベートーヴェン交響曲第6番「田園」 ヘ長調

を取り上げます。

このCDは、ベートーヴェンの「田園」を聴くというより、
チェリビダッケ指揮の「田園」を聴くという方が適切かもしれません。


演奏は正しい(非常に適切な)テンポで行われています。
チェリビダッケは「テンポとは速い、遅いというものではない。
正しいテンポと、間違ったテンポがあるだけだ。」という旨の発言をしています。)

比較版として、カラヤン指揮のベートーヴェン交響曲第6番「田園」(1976年 スタジオ録音)を取り上げます。

チェリビダッケの演奏時間

第1楽章; 11'48
第2楽章; 16'14
第3楽章; 6'31
第4楽章; 4'30
第5楽章; 12'02

Total;  51'45

カラヤンの演奏時間
第1楽章; 9'04
第2楽章; 11'22
第3楽章; 5'40
第4楽章; 3'30
第5楽章; 8'34

Total;  38'10

といった具合で全体的に、特に第2楽章、第5楽章が他の演奏(カラヤンの演奏時間は標準的なものです)より長めになっております。

(各楽章について)
第1楽章・・・全ての音が聴こえる。そしてそれらは、有機的に結びついている。
「始まりの中に終わりがあり、終わりに中に始まりがある」、チェリビダッケの発言ですが、それが痛いほど、伝わってきます。


第2楽章・・・もうこれ以上のスローは違反と思われる位なのですが決してダレたイメージを与えません。
各楽器の夫々の音がこのゆっくりしたペースの中で聴き汲み取れる幸せが味わえます。
第2楽章については、これは2度と経験することはないなあ・・と漠然と思いました。
この楽章が演奏し終わる瞬間をひどく寂しく思うほどでした。

第3楽章、第4楽章・・・以下の音楽も非常に感動的です。

第5楽章・・・同じフレーズが何度も何度も、繰り返されます。
そして極論すると「永遠」という概念は、繰り返すことでしか表現できない、と私は考えています。
そしてここには、時間も空間も超克した「永遠の幻想」を垣間見ることができます。



(演奏に対する感想、あるいは批評)

この演奏は、全てが、「浄化されています」。

これがまさに他の芸術と、
音楽を隔絶するものであり、
そして、この音楽は、

「真実」

そう表現した方が良いかもしれません。


非常に言語化し辛いのですが、あえて言えば、そのようなものです。

このような音楽をベートーヴェンが着想し、チェリビダッケミュンヘン・フィルが演奏し、
それが音盤(CD)として残され、私たちが聴くことができることに感謝します。





ベートーヴェン:交響曲第6番ベートーヴェン:交響曲第6番
(1999/07/07)
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

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テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2010/11/30(火) 18:45:11|
  2. セルジュ・チェリビダッケ
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